ミニ四ファイターって初代と二代目がいて、
どちらも元社員って知ってました?
この人たちの年収が凄く気になるので、
改めてミニ四ファイターの年収を調べてみました。
ミニ四ファイターとは?
ミニ四ファイターとはイベントのパーソナリティを行ったり、
プロモーションを行うことが主なお仕事になっています。
ミニ四ファイターは初代と二代目がいたことをご存知でしょうか?
初代 ミニ四ファイター
初代ミニ四ファイターは1988年から1995年と、
約7年活動しており、口癖は「まっ白け~!」で、
青い肩パッドとバンダナがトレードマークでしたね。
ミニ四駆を90秒で組み立てられる(自称)という特技を持ち、
「ミニ四ファイター組立てうた」で歌手デビューを果たします。
二代目 ミニ四ファイター
私の世代ではこちらがミニ四ファイターのイメージですが、
この二代目は1995年から2007年と、
12年もの間ミニ四ファイターをつとめました。
2007年の12月2日に行われた、
品川シーサイドフォレストのミニ四駆年間チャンピオン決定戦である
関東大会の終了時に引退を表明しました。
大好物は牛丼で、静岡県の出身。
1997年には富士通乾電池のCMに出演し、
初代ミニ四ファイターと同じく、ミニ四駆関連の歌で
歌手デビュー。「スイッチON!ココロの中のチャンプ」
「J-CUP is NO1!」という歌を歌っていました。
この二人は何者?
なお、この2人はタミヤの社員だったようで、
二代目ミニ四ファイターは最初、アルバイトだったようです。
その後、タミヤの正社員として雇用されたとのこと。
と、いうことは年収はタミヤの正社員に準じる?
正社員であることを考えると、
ボーナスで多少色がつくとしても
CDの印税等は会社に入ってしまうはずです。
株式会社タミヤは非上場企業ですし、
飛びぬけた給料ではないでしょうから、
年齢は20代~30代と仮定すると・・・
どんなに多くても推定400万円~1000万円でしょうか。
※あくまでミニヨンズの推測です
あくまで広報担当・・・ということですからね。
それであの露出ですから、割にあうのかというと・・・
芸能人と比較してしまうと悲しくなっちゃいますね。